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We hid in deeper forests and fainted in the dark.
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2015年7月号
櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。
嵐の櫻井翔さんが、自ら日本全国の気になる建築まで足を運び、その魅力や驚き、感動を誌面でリポートします。
樱井翔的建筑学习之旅。
岚的樱井翔特意亲自前往日本全国感兴趣的建筑,通过杂志向大家传递建筑的魅力和它令人惊异与感动之处。
(背景)
今回訪れた場所 ヒルサイドテラス 旧朝倉家住宅
ヒルサイドテラス 1969年~98年。設計:槇文彦。集合住宅兼商業施設。A棟~H棟までの8棟と、第4期のアネックス(これのみ槇事務所に在籍の元倉真琴設計)、第7期のヒルサイドウエストがある。●東京都渋谷区猿楽町 ☎03・5489・3705。
旧朝倉家住宅 1919年竣工。朝倉虎治郎によって建てられた木造2階建て住宅。渋谷区の重要文化財。●東京都渋谷区猿楽町29-20 ☎03・3476・1021。10時~17時30分最終入館(11月~2月は~16時最終入館)。月曜休。観覧料100円。
本次造访地点 代官山集合住宅与朝仓家族旧宅
代官山集合住宅:1969年至1998年。设计者:槙文彦。集合住宅兼商业设施。包括A栋至H栋的8栋、第4期的扩建房屋(只有这部分由槙事务所在编的元仓真琴设计)和第7期的Hillside West。●东京都涉谷区猿乐町 ☎03-5489-3705。
朝仓家族旧宅:1919年竣工。由朝仓虎治郎建造的2层木制住宅。涉谷区重要文化财产。●东京都涉谷区猿乐町29-20 ☎03-3476-1021。10点开始营业,最迟入馆时间为17点30分(11月至来年2月期间最迟入馆时间为16点)。周一闭馆。参观费100日元。
設計した人 槇文彦
みきふみひこ 1928年東京都生まれ。建築家。東京大学工学部建築学科卒業。クランブルック美術学院およびハーバード大学大学院建築修士課程修了。プリツカー賞をはじめ受賞多数。代表作に<スパイラルビル><幕張メッセ><4WTC>など。
设计者 槙文彦
1928年生于东京都。建筑师。毕业于东京大学工学部建筑系。获克伦布鲁克美术学院与哈佛大学研究生院建筑硕士学位。以普利兹克建筑奖为代表,曾多次获奖。代表作有华歌尔艺术中心、千叶幕张展览馆与纽约世贸中心4号楼等。
案内してくれた人 朝倉健吾
あさくらけんご 1941年東京都生まれ。朝倉不動産代表取締役。慶応義塾大学経済学部卒業後、家業に入り、初期からヒルサイドテラスの計画に携わる。代官山ステキなまちづくり協議会副代表などを務め、街づくりや文化振興にも取り組む。
导览 朝仓健吾
1941年生于东京都。朝仓不动产董事。庆应义塾大学经济学系毕业后进入家族事业,从初期开始参与代官山集合住宅项目。担任代官山优美街道规划协商会副代表等职务,还致力于街道规划与文化振兴。
(导语)
vol.49 30年かけてコツコツつくった代官山の街づくりの秘密。
<代官山 蔦屋書店>を筆頭にここ数年、新店ラッシュの代官山。しかし、1960年代には一帯は閑静な住宅地だったといいます。街の基盤となったのは1969年竣工の<ヒルサイドテラス>。この建築の施主であり、地主の朝倉さんと代官山を歩きました。
第49期 历经30年孜孜不倦塑造的代官山街道规划的秘密。
以代官山茑屋书店为代表,最近数年掀起了在代官山开设新店的热潮。然而,据说上世纪60年代时这一带曾是幽静的住宅区。成为街道基础的是1969年竣工的代官山集合住宅。我们与建筑工程委托人兼土地所有者朝仓先生一道走进代官山。
(主体)
新緑の緑と心地よいそよ風。街歩きが楽しいこの季節に、櫻井さんが訪れたのは代官山。東京きっての人気エリアだが、高層ビルが少ないため空が広く、緑も豊かで歩いていて気持ちがいい。ショップと住宅が同居し、街全体に緩やかな時間が流れている点も、周辺の渋谷や恵比寿にない特徴だ。この代官山らしい風景だが、実はここ50年余りでつくられたものだという。1960年代には商店などなく、閑静な住宅地が広がるだけだった。地域活性化のきっかけとなったのが、今回訪れる<ヒルサイドテラス>。1969年に出現したこの複合建築が”街の核”となり、時間をかけて街づくりが進んでいった。
新绿的植物与惬意的和风。在这个漫步街道令人享受的季节中,樱井来到代官山。这里虽是东京十分受欢迎的地区,但因少有高层建筑,天空广阔,绿意茂盛,漫步其间,心情舒畅。商店与住宅并存,时间在街道上缓缓流逝,这一点也是附近的涉谷和惠比寿所不具有的特点。据说这样极具代官山风格的景色,其实是近50余年才形成的。上世纪60年代,这里没有商店等设施,只有清净的住宅区不断延伸。成为凭借地区特色推进多样化发展契机的,正是本次造访的代官山集合住宅。1969年出现的的这座复合建筑成为了街区的核心,随着时间推移,街道建设不断推进。
「代官山を建築的な目線で歩くのは初めて」と櫻井さん。<ヒルサイドテラス>は建築家・槇文彦の設計。旧山手通り沿いに200mにわたり続いているが、街と一体化しているため、意識せずに通りすぎている人も多いだろう。だが、建築が都市の方向性を位置付けた好例として世界的評価は高く、数々の賞にも輝いている。また、<ヒルサイドテラス>は建設計画が第1期から第7期に分かれ、29年もの時間をかけてつくられた建築でもある。そこには建築家の考えを深く理解し、長いスパンで街づくりを捉えた地主の朝倉家の存在がある。今回は朝倉不動産代表取締役の朝倉健吾さんと、<ヒルサイドテラス>と代官山の隠れた名所<旧朝倉家住宅>を訪ねることにした。
樱井说:“以建筑的视角走过代官山还是第一次。”代官山集合住宅的设计者是建筑师槙文彦。虽然它沿着原山手大道延伸了200米,但是由于与街道融为一体,许多人走过时也许并没有意识到。但是,代官山集合住宅作为确定都市方向性建筑的优秀范例,在世界上取得了很高的评价,荣获众多奖项。此外,代官山集合住宅的建筑规划分为第1期至第7期,历经29年时间建成。其中有着土地所有者朝仓家族的身影,这个家族深刻地理解了建筑师的想法并且了解长期以来街区的规划。本次,我们与朝仓不动产董事朝仓健吾先生一起,造访了代官山集合住宅与代官山隐蔽的名胜朝仓家族旧宅。
歩いて感じる、街と建築の関係性。
行走中感受到的,是街区与建筑之间的关系。
<ヒルサイドテラス>は旧山手通りの左右に連なる13棟からなる建築だ。櫻井さんが向かったのは代官山交番に近いA棟とB棟。さっそく中に入ってみた。「舗道と平行して小さな階段があったり、奥まった場所にレストランがあったり、入り組んでいて面白い!」。佇まいは端正だが、舗道沿いに階段がついていたり、2階のテラスが突き出ていたり、空間構成は複雑だ。「羊羹を切ったような建物じゃ面白くないですからね」と笑う健吾さん。建物と舗道をつなぐなだらかな階段や、通り抜けできる中庭など、実際に歩くと街と建築の境界線がぼやかされているとよくわかる。朝倉家と槇は<ヒルサイドテラス>でどのような街づくりを目指したのだろうか。
代官山集合住宅是连接原山手大道左右两侧的13栋建筑物所组成的建筑群。樱井前往的是代官山警察值班岗亭附近的A栋和B栋。马上进入建筑内部看看。“既有道路和与道路平行的小阶梯,也有位于里侧的餐厅,错综复杂,很有趣!”楼梯与沿路相连,2层露台探出,空间结构复杂。健吾先生笑着说道:“因为如果建筑像是切开的羊羹,那就不觉得有趣了啊。”虽然整体氛围庄重,但是亲自走过连接建筑物与道路的缓坡楼梯或是可以横穿的中庭等地就能清楚地明白,街道与建筑物的界限不再分明。朝仓家族与槙文彦通过代官山集合住宅,究竟在追求怎样的街区规划呢?
ゆっくりだから生まれた柔軟性。
来自从容的灵活性。
1967年、健吾さんは父の誠一郎さん、兄の徳道さんと一緒に、知人を介して槇と出会った。「私たち家族も槇さんも慶応の幼稚舎出身で、そのつながりから知人が引き会わせてくれました。父は一目惚れというのでしょうか。会った瞬間に槇さんという人を信頼し、一緒にやりましょうと話がまとまったのです。」
1967年,健吾先生与父亲诚一郎、哥哥德道一起,经熟人介绍认识了槙文彦。“我的家人与槙先生都曾就读庆应义塾私立小学,由在那里认识的熟人引见。可以说父亲一眼就迷上了吧。在相识的瞬间就信赖着槙先生,说好要一起干。”
当初、朝倉家は旧山手通り沿いに集合住宅を1棟建てるつもりでいた。しかし、槇の提案で1棟は2棟に増え、1階には商店を入れることに。当時の代官山は第一種住居専用地域といって住所の建設しか許されない地域だったが、槇の提案書により規制は緩和され、代官山の街並みに”店”という新たな可能性が加わった。
最初,朝仓家族打算沿着原山手大道建造1栋集合住宅。但是,由于槙文彦的提议,1栋增加为2栋,并在1层加入商店。虽然当时代官山属于第一种住宅专用地区,只允许建造住宅,但是根据槙文彦的建议书放宽了限制,增加了在代官山街区设店的全新可能。
住居と商店の複合施設としてスタートした<ヒルサイドテラス>だが、後に住居を事務所とするケースが増え、仕事場として需要が高まる。第1期が竣工すると、どちらが言い出すでもなく第2期の話し合いが始まり、第3期、第4期と計画は続いた。時代は高度成長期からバブル期へ。しかし朝倉家も槇も急ぐことはなかった。「槇さんは最初から”ゆっくりやろう”と話していました。それに対し我々も”ゆっくりでないとできません”とお答えしました。すべての敷地が空いているわけではないし、資金の調達も一度にはできない。でもそれが結果として柔軟性ある計画になったのです。」
代官山集合住宅起初虽是作为住宅和商店的复合性设施,但是后来将住宅作为办公室使用的案例不断增加,办公需求增长。第1期刚刚竣工,任何一方都没有明言时,第2期相关的协商就开始了,第3期和第4期的规划也随后展开。时代从高速增长期步入泡沫经济期。但是,朝仓家族和槙都没有焦急。“槙先生最初说了,‘慢慢来吧’。因此,我们也回答说‘不慢慢地做就不行’。因为并非所有地皮都空着,而且资金筹措也无法一次到位。但是从结果来讲,就这样变成了灵活的计划。”
時代ごとにつくられた13の棟は、トーンを揃えつつも、微妙に佇まいが異なる。自然と生まれたこの多様さが、街に溶け込む秘訣なのだろう。また<ヒルサイドテラス>はハード面だけでなく、ソフト面にも力を入れてきた。テナントを厳選し、人を呼ぶマーケットを開き、ここを拠点に文化活動も推し進めた。その中心となったのはもちろん朝倉家だ。建てて終わりではない活動が、街と建築をより密接な関係に育てていった。
建成于不同时代的13栋建筑,虽然风格保持一致,但是在氛围上存在着细微差异。自然而然产生的这种多样性,也许就是它融入街区的奥妙所在吧。另外,代官山集合住宅无论在硬件还是软件方面都投入了精力。严格挑选租借使用人,开设招揽客人的市场,将这里作为推行文化活动的集中地。处于这些中心的当然是朝仓家族。不以建造完成为终点的活动,孕育出了街道与建筑之间更加紧密的关系。
街は”つくる”ではなく”できる”もの。
街道并非“建造”的,而是“形成”的。
最後に櫻井さんは<旧朝倉家住宅>を訪ねた。ここは健吾さんの祖父・朝倉虎治郎が1919年に建てた邸宅。虎治郎は渋谷町会議員や東京府会議員を務めた人物で、学校建設や道路改良にも尽力した。旧山手通りも虎治郎が土地を寄付してできた幹線。地主として土地を街に開放する姿勢は、朝倉家の資質のようだ。
最后,樱井造访了朝仓家族旧宅。此处是健吾先生的祖父朝仓虎治郎于1919年建造的住宅。虎治郎是曾担任涉谷镇会议员和东京府会议员的人物,还致力于学校建设与道路改良。原山手大道也是因虎治郎捐赠土地而修建的主要道路。作为所有者让土地对街区开放的态度,似乎出自朝仓家族的天性。
「ヒルサイドテラスはもう完成形なのですか?」と櫻井さん。すると健吾さんは建物を増やす意味では終わりだという。「ただ、もしこの建物を壊して敷地が空いても、私はもう一度<ヒルサイドテラス>を建てると思います。新たな建築では人間関係もネットワークもゼロになってしまう。街はつくるものではなく、できるもの。蓄積された価値をつなげていくことが大切だと思うのです。」
樱井问道:“代官山集合住宅已经是完成状态了吗?”听到这个问题,健吾先生说,从建筑物是否会增加的角度而言是完成了。“只是,就算这座建筑物遭到破坏、空出土地,我也会重建代官山集合住宅。街道并非建造出来的,而是形成的。我认为将积累的价值连接起来非常重要。”
(参观感想)
title:こんなに緑豊かな空間があったとは!
何百回と通った馴染みのある通りに、こんなに豊かな自然が残っていたなんて、恥ずかしながら知りませんでした。旧朝倉家住宅では、随所にちりばめられた朝倉虎治郎さんのこだわりや、朝倉健吾さんの幼少期の思い出を聞くことで、当時の暮らしを思い浮かべながら見学ができて面白かったです。ヒルサイドテラスはこの連載では初めて訪れる槇文彦さんの建築。でも実は、音楽番組でお世話になっている幕張メッセも槇さんの設計なんですよね。ヒルサイドテラスは空間構成が独特で、奥まった場所にお店があったり、抜け道があったり、いつもは鋪道ばかり歩いていたので新鮮でした。新緑の季節と相まって、歩いていて気持ちがよかったです。
标题:竟有如此绿色绿意满盈的地方!
说起来有些不好意思,在路过数百次的熟悉地方竟然留有这样丰富的自然景色,这一点我以前一直不知道。在朝仓家族旧宅里,随处可见朝仓虎治郎先生的讲究,听着朝仓健吾先生讲述幼年时期的回忆,一边追忆当年的生活一边参观,非常有意思。代官山集合住宅是我在连载中造访的第一件槙文彦先生的建筑。但是,我其实因为音乐节目而有幸去过的幕张展览馆也是槙文彦先生设计的噢。代官山集合住宅空间结构独特,里面有商店,也有小路,因为我以前一直只走大路,所以觉得很新鲜。正好是初夏时节,走在其间感觉很舒服。
(荐书)
櫻井さんの今月の課題図書 『ヒルサイドテラス物語 朝倉家と代官山のまちづくり』
戦後の朝倉家の歩み、建築家・槇文彦との出会い、ヒルサイドテラスの誕生、と時間軸に沿って丁寧に解説。試行錯誤を重ねた街づくりと、その中での建築の役割を見つめる(1,600円/現代企画室)。
樱井本月的课题图书 《代官山集合住宅的故事:朝仓家族与代官山街区》
本书沿着时间轴详尽讲解了战后朝仓家族的变迁、与建筑师槙文彦的相遇和代官山集合住宅的诞生。详细考察了曾经历多次试行错误的街道规划和建筑在其中所扮演的角色。(1600日元,现代企画室)。
(简介)
さくらいしょう 1982年東京生まれ。人気グループ「嵐」のメンバー。映画、ドラマをはじめ、報道番組『NEWS ZERO』でキャスターを務めるなど幅広く活躍。司会を務める情報バラエティー番組『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS)は毎週木曜22時から放送中。嵐の最新ニューシングル「青空の下、キミのとなり」も好評発売中!
樱井翔 1982年生于东京。人气组合“岚”的成员。从电影电视到担任新闻节目 “ NEWS ZERO ”的主播,广泛活跃于多种场合。樱井主持的信息类综艺节目“樱井有吉危险夜会”(TBS)每周四晚22点播出。岚的最新单曲“青空の下、キミのとなり”正在出售!
《Casa BRUTUS》 2015年6月号
櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。
嵐の櫻井翔さんが、自ら日本全国の気になる建築まで足を運び、その魅力や驚き、感動を誌面でリポートします。
樱井翔的建筑学习之旅。
岚的樱井翔特意亲自前往日本全国感兴趣的建筑,通过杂志向大家传递建筑的魅力和它令人惊异与感动之处。
(背景)
今回訪ねた場所 三鷹の森ジブリ美術館
2001年開館。常設展示「映画の生まれる場所」や、オリジナル短編映画を上映する「土星座」がある。● 東京都三鷹市下連雀1ー1ー83 ☎0570・055777。10時~18時。火曜休、5月18日~29日はメンテナンス休。日時指定の予約制。ローソンのみでチケット販売。2015年7・8月は先行抽選販売実施。詳細は公式HPで。http://www.ghibli-museum.jp
本次造访地点 三鹰之森吉卜力美术馆
2001年开馆。有常设展览“电影诞生的地方”和上映原创短篇电影的“土星座”等。● 东京都三鹰市下连雀1-1-83 ☎0570-055777。开馆时间:10点至18点。每周二和5月18日至29日期间例行维护,休馆。门票采用指定日期预约制。只通过Lawson罗森售票。2015年7月和8月实行预先抽签售票。详情见官方网站。http://www.ghibli-museum.jp
案内してくれた人 宮崎吾朗
みやざきごろう 1967年東京都生まれ。信州大学農学部森林工学科卒業後、建設コンサルタントとして公園緑地や都市緑化などの計画、設計に従事。ジブリ美術館の総合デザインを手がけ、2001年~05年まで初代館長を務めた。映画『ゲド戦記』『コクリコ坂から』を監督。NHK・BSプレミアム『山賊の娘ローニャ』でTVシリーズを初監督。
导览 宫崎吾朗
1967年生于东京都。信州大学农学院森林工学系毕业后,作为建筑顾问,从事公园绿地和城市绿化等计划和设计。亲自负责吉卜力美术馆的综合设计,2001年至2005年担任首任馆长。导演了电影《地海战记》和《来自虞美人之坡》。首次执导NHK BS Premium电视台的电视系列剧《绿林女儿罗妮娅》。
(导语)
vol.48 三鷹の森ジブリ美術館をケンチク視点で楽しむ。
スタジオジブリの世界が立体化した<三鷹の森ジブリ美術館>。宮崎吾朗監督が総合デザインを行い、フンデルトヴァッサーや荒川修作、桂離宮にも影響を受けたといいます。
ケンチクの視点から、美術館の魅力をひもときました!
第48期 从建筑的角度享受三鹰之森吉卜力美术馆。
三鹰之森吉卜力美术馆立体呈现了吉卜力工作室描绘的世界。它由宫崎吾朗导演负责综合设计,据说受到汉德瓦萨和荒川修作以及桂离宫的影响。
我们从建筑视角,解开了美术馆的魅力之谜!
(主体)
今年で開館15年目を迎える<三鷹の森ジブリ美術館>。迷路の屋上に佇むロボット兵など、スタジオジブリの世界に身を置いて楽しめる人気ミュージアムだ。この美術館を形にしたのは、ランドスケープアーキテクトの肩書を持つ宮崎吾朗監督。宮崎駿監督が描いたアイデアスケッチをもとに空間をデザインし、その過程ではフンデルトヴァッサーや荒野川修作といった世界的建築家の作品からもインスピレーションを受けているという。
今年,三鹰之森吉卜力美术馆迎来开馆15周年纪念。伫立在迷宫屋顶上的士兵等等,在这座颇受欢迎的博物馆里,能充分享受到置身于吉卜力工作室世界之中的快乐。给这座美术馆赋予具体形态的是享有景观建筑师之称的宫崎吾朗导演。据说,他以宫崎骏导演绘制的草图为基础设计了建筑,过程中还从汉德瓦萨和荒川修作等世界级建筑家的作品中获取了灵感。
「この美術館の主役は建築そのもの。何を展示するかは、建物が完成する直前まで決まっていなかったくらいなんです」と笑う吾朗監督。身体性を重視した設計は、ジブリアニメの物語構成とも共通点が多く、美術館を歩いて回ること自体が、ひとつの冒険であり、ジブリワールドの追体験になっている。
吾朗导演笑着说:“这座美术馆的主角就是建筑自身。因此,要展出什么这件事,直到建筑建成前夕才决定下来。”重视身体性的设计与吉卜力动画的故事架构之间有诸多相通之处,漫步于美术馆中本身就是一种探险,是对吉卜力世界的一种体验。
今回は吾朗監督直々に案内してもらいながら、<三鷹の森ジブリ美術館>をケンチクの視点で読み解くことに!子供だけでなく大人の心をもつかむ、ドラマチックな空間構成の秘密が見えてきた。
这次,我们在吾朗导演的亲自导览中,从建筑视角解读三鹰之森吉卜力美术馆!我们发现了能够抓住小朋友和大人的心的戏剧性空间结构的秘密。
大人も迷子になる迷宮のような空間。
大人也会迷路的迷宫建筑。
「美術館のケンチク的魅力を知るには、導かれるままに館内を歩くのが一番」と吾朗監督。エントランスホールに入ると、そこには天井一面にフレスコ画が描かれていた。窓には色彩豊かなステンドグラス。どちらも植物の絵柄の中にジブリ作品のキャラクターが潜んでいる。
吾朗导演说:“要想知道美术馆的建筑魅力,最重要的是按照导览在馆内走一圈。”一进入门厅,在那里的天花板上,其中一面上画着湿壁画。窗户上装饰着色彩丰富的彩色玻璃。其中的植物图案内隐藏着吉卜力作品的人物。
「あそこにはキキ!ネコバスもいる!フレスコ画とステンドグラスの雰囲気が、教会にいるような気分になりますね。」
“那里有琪琪!还有猫巴士!湿壁画和彩色玻璃营造出的气氛,让人感到仿佛身处教堂。”
飽きることなく空間を眺める櫻井さん。一気に惹き込まれていく感覚は、ジブリ作品のオープニングそのものだ。エントランスホールの奥にはゆるやかにカーブした階段が続いている。下っていくと、吹き抜けの中央ホールにたどり着いた。「すごい……!」と思わず声を上げる櫻井さん。トップライトから自然光が降り注ぎ、螺旋階段が地下1階から中2階までをつないでいる。振り向けばアンティーク風のエレベーター。空間に忙しく目をやってしまうのは、『千と千尋の神隠し』の湯屋や、『コクリコ坂から』のカルチェラタンが初めて登場するシーンを見たときのようだ。
樱井兴味津津地眺望着建筑。一瞬间就被吸引进去的感觉,正是吉卜力作品的开篇。门厅深处,缓缓弯曲的台阶不断延续。向下走,来到楼梯井的中央大厅。“好厉害……!”樱井情不自禁叫到。顶灯的自然光线照射下来,旋转楼梯从地下1层一直连接到中楼2层。回头看看,是充满古董风情的电梯。建筑内令人眼花缭乱,就像见到《千与千寻》的澡堂和《来自虞美人之坡》中拉丁区初次登场的时候。
「階段を下って地下に行くと思わせた先に、開放的な大空間が広がる。それから、上へ上へと冒険をするように進んでいくんです。最後に行き着くのはロボット兵のいる屋上。空間構成は何よりも身体性を重視しています」と吾朗監督。
吾朗导演说:“在让人想走下楼梯去往地下之前,开放的巨大空间延展开来。接着,不断向上如同在探险般前进。最终到达有机器人士兵的屋顶。空间结构最重视的是身体性。”
例えば櫻井さんが下りてきた階段も、下段になるに従って幅が広くなり、振り返って上段を見上げると、随分と長い階段を下りてきたような錯覚に陥る。
例如樱井走下的楼梯,也是如此。随着楼梯向下,楼梯宽度不断增加,回头看向高处,就会陷入一种仿佛是从很长的楼梯上走下来的错觉。
「階段の幅を微妙に変えたり、壁を傾けて台形型の外観にしたり。目の錯覚を利用することで3階建ての建物を大きなスケールに見せているんです。また、わざとわかりにくい場所に階段を設置して、行きたい場所へ思うように行けないようにしてあります。すると、大人でも自分が今どこにいるのかわからなくなる。その感覚を楽しんでほしいんです」。
“巧妙地改变楼梯宽度,让墙面倾斜从而形成梯形的外观。利用这些视觉错觉,使得3层建筑物呈现出的规模比实际更大。此外,特意在难以设想的地方铺设楼梯,让想去的地方实际上却无法去到。这样一来,即便是成年人也会搞不清自己此刻身在何处。希望大家能享受这样的感觉。”
童心に帰って楽しむ美術館。そうして館内をくまなく歩くと気づくのは、子供だましのような素材が一切使われていないことだ。一枚一枚絵柄の異なるステンドグラス。手作りの質感が伝わる鉄の手すりや柵。外壁は今でこそツタに覆われているが、竣工時は10色に塗り分けられ、すべてを左官職人が手作業で仕上げたという。ディテールが積み重なって生まれる奥行きのある空間は、背景を丁寧に描くジブリ作品のようだ。
这座美术馆需要回归童心来欣赏。在馆内四处走走就会发现完全没有使用类似糊弄小孩的素材。彩色玻璃窗的花纹各不相同。铁制扶手和栏杆透出手工制作的质感。外侧壁面虽然如今是由常春藤覆盖,但据说在竣工时全部都是泥瓦工匠手工制作完成并分别涂上了10种颜色。细节繁复的纵深空间如同背景描绘十分细致的吉卜力作品。
継ぎ足しの構造は、さながら桂離宮!?
延长结构,如同桂离宫!?
身体性を重視した空間をつくる際、宮崎監督は幾人の建築家から影響を受けているという。そのうちの一人、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーは、オーストリアの芸術家で、絵画や彫刻と同じように、自由な発想で建築に取り組んだ人物だ。直線を嫌い、色彩豊かで、滑らかな曲線を持つ建築を数多く残している。極色彩と、水平垂直をなくした建築で知られる荒川修作もその一人。二人の巨匠との共通点は、床に起伏をつけた映像展示室「土星座」の入口前の空間や、10色の外壁に感じられる。
据说,在这座重视身体性的建筑的建造过程中,宫崎导演受到了数位建筑家的影响。其中之一是奥地利艺术家佛登斯列‧汉德瓦萨,他像绘画和雕刻一般采用自由表现,专心致志于建筑。留下了众多排斥直线、色彩丰富、曲线平滑的建筑物。另一位是凭借色彩艳丽、消除水平垂直的建筑而广为人知的荒川修作。在采用起伏地面的影像展示厅“土星座”入口前和10种颜色的外侧壁面等地方,都能感受到两位泰斗的共同之处。
「でも、最も似ているのは桂離宮かもしれません」と吾朗監督。「継ぎ足し、継ぎ足しで増えていったような空間構成や、どれだけ歩いても見尽くした気がしない感覚が似ていますよね。この美術館も、見逃した部屋があるんじゃないか?とぐるぐると歩き回る人が多いんです。そうして探して見たものは、印象がより強まると思います。」
吾朗导演说:“但是,最相近的建筑物也许当属桂离宫。”“仿佛无限延伸的空间结构以及无论走了多久都觉得没有看完整的感觉,这些方面很相似吧。这座美术馆也是如此,有很多人想着‘是不是还看漏了哪间’而来来回回到处走。我想,这样经过寻找而看到的东西,会留下更加深刻的印象。”
最後に常設展示室で、アニメーション映画が生まれるまでを学んだ櫻井さん。「気が遠くなるほどの細かさ!アニメーション制作の大変さに驚きました」。そう言って展示室を出た途端、吹き抜けのホールを見下ろして「あれ?ここに出てくるんですか?」とびっくり!吾朗監督が仕掛けた”迷う楽しさ”を、実際に体感した櫻井さんだった。
最后,樱井还在常设展示厅学习了动画电影诞生之前的制作过程。“细致到令人吃惊!动画制作的辛苦程度让我惊叹不已。”正当这样说着走出展览厅时,向下看见了楼梯井的大厅,“咦?是从这里出来吗?”,樱井惊讶道!实际体验了一把吾朗导演设下的“迷路的乐趣”。
(参观感想)
title: テンションがぶち上がっちゃいました!
うちの家は共働きだったから、親が帰って来るまで兄弟でジブリアニメを繰り返し見ていたんです。だから今日は完全にやられちゃいました(笑)。建物自体がジブリワールドを追体験できる構造になっていて、例えば中央ホールの吹き抜けがどーんと広がる感じは、ジブリアニメそのもの。中でも興奮したのはロボット兵。見上げるとロボット兵の先に青空と緑があるだけで、ここはどこだ!?って気持ちになりました(笑)。屋上にあるのがまさに”天空の城”なんですよね。大人でもドキドキ、ワクワクできる空間。いやぁ~!本当に楽しかったです!
标题:一不小心就沉迷进去了!
我家父母都有工作,于是在他们回家之前,兄弟姐妹那时会一起反复看吉卜力的动画。所以今天完全被击中了(笑)。建筑物自身的结构让人能够体验吉卜力世界,例如,中央大厅的楼梯井一下子忽地展开,那感觉正是吉卜力动画。馆内部分,让我很兴奋的是机器人士兵。抬头一望,机器人士兵方向的远处是蓝天和绿色植物,突然想说’这是哪里!?‘(笑)。屋顶上竟然是《天空之城》呢。这座建筑让成年人也能心跳加速、忐忑不安地期待。啊~!真的非常开心!
(荐书)
櫻井さんの今月の課題図書 『三鷹の森ジブリ美術館』
館主・宮崎駿へのロングインタビューやラフスケッチ、左官やフレスコ画家といった職人への取材など、読みごたえのある図録(3,024円/財団法人徳間記念アニメーション文化財団)。
樱井本月的课题图书 《三鹰之森吉卜力美术馆》
书籍内容包括馆主宫崎骏的长篇访谈、设计草图、泥瓦匠和湿壁画画家等工匠的采访等等,是一本耐人寻味的图鉴(3024日元,财团法人德间纪念动画文化财团)。
(简介)
さくらいしょう 1982年東京生まれ。人気グループ「嵐」のメンバー。映画、ドラマをはじめ、報道番組『NEWS ZERO』のキャスターを務めるなど幅広く活躍。司会を務める情報バラエティー番組『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS)は毎週木曜22時から放送中。嵐のニューシングル「青空の下、キミのとなり」が5月13日リリース。
樱井翔 1982年生于东京。人气组合“岚”的成员。从电影电视到担任新闻节目“NEWS ZERO”的主播,广泛活跃于多种场合。樱井主持的信息类综艺节目“樱井有吉危险夜会”(TBS)每周四晚22点播出。岚的新单曲“青空の下、キミのとなり”将于5月13日发行。
《Casa BRUTUS》 2015年5月号
櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。
嵐の櫻井翔さんが、自ら日本全国の気になる建築まで足を運び、その魅力や驚き、感動を誌面でリポートします。
樱井翔的建筑学习之旅。
岚的樱井翔特意亲自前往日本全国感兴趣的建筑,通过杂志向大家传递建筑的魅力和它令人惊异与感动之处。
(背景)
今回訪ねた場所 東京都水道局長沢浄水場
1957年竣工。設計:山田守。東京都水道局が戦後初めて建設した浄水場。高台を利用し、自然流下で世田谷区、目黒区、大田区などへ給水している。マッシュルームコラムに無梁版を乗せたシンプルな構造で、山田守の最高傑作とする声も多い。DOCOMOMO100選に選定。●神奈川県川崎市多摩区三田5-1-1 ☎044・911・2018。
本次造访地点 东京都自来水管理局长泽净水厂
1957年竣工。设计者:山田守。长泽净水厂是东京都自来水管理局在战后最先建设的净水厂。利用高台让水自然下流,为世田谷区、目黑区和大田区等地提供饮用水。凭借蘑菇圆柱承载着无梁楼板的简易结构,它被许多人认为是山田守的最佳作品。长泽净水厂入选了“DOCOMOMO100选”。●神奈川县川崎市多摩区三田5-1-1 ☎ 044-911-2018
設計した人 山田守
やまだまもる 1894年岐阜県生まれ。東京帝国大学建築学科卒業。同級生の堀口捨己らと分離派建築会を結成。逓信省に入省し、<東京中央電信局><東京逓信病院>などを設計(共に現存せず)。1945年退官。49年山田守建築事務所設立。晩年に手がけた<京都タワー>や<日本武道館>は批判も含め、大きな論争を巻き起こした。1966年没。
设计者 山田守
1894年生于岐阜县。毕业于东京帝国大学建筑学科。山田与同学堀口舍己等人一起成立了分离派建筑会。进入递信省[*]后,他设计了东京中央电信局和东京递信医院(两者现已不存在)等建筑。1945年辞去官职。1949年成立山田守建筑事务所。晚年亲自设计的京都塔和日本武道馆还包含批判色彩,引发了巨大争议。1966年逝世。
注:*递信省:1885年至1943年管辖交通、通信和电气等事务的政府机关。战后曾短暂恢复,负责通信事务。递信省是现总务省、日本邮政(Japan Post)和日本电信电话(NTTDoCoMo)的前身。
(导语)
vol.47 バルタン星人[*]もやってきた!?驚くほどモダンな浄水場へ。
『ウルトラマン』や『仮面ライダー』などにたびたび登場し、特撮ファンにとって伝説的な存在となっている<長沢浄水場>。設計したのは<日本武道館>も手がけた建築家の山田守です。マニアックなモダニズム建築にサクライ隊員が潜入しました!
第47期 宇宙忍者巴尔坦星人也来过!?探访令人惊讶的现代净水厂。
长泽净水厂在《奥特曼》和《假面骑士》等作品中屡次登场,对特效片迷而言已经是传说般的存在。设计长泽净水厂的是建筑家山田守,他还操刀设计了日本武道馆。队员樱井潜入了这座狂热的现代主义建筑!
注:*巴尔坦星人:出自《初代奥特曼》,是奥特曼系列作品中的第一位宇宙人。
(主体)
噴水から湧き出た水のように、天に向かって広がるキノコの形の柱。”マッシュルームコラム”と呼ばれるこの柱が連なる廊下に立ち、「なんだか神秘的です」と息をのんだ櫻井さん。ここは1957年、東京都が戦後初の浄水場として完成させた<長沢浄水場>の内部。ろ過池を点検・操作するための「操作廊」と呼ばれる廊下だ。浄水場とは思えない端正な空間を手がけたのは建築家の山田守。逓信省の建築技師として<東京中央電信局>や<東京逓信病院>を設計した山田は戦前から戦後にかけて活躍し、晩年には<京都タワー>や<日本武道館>などシンボリックな建築を残している。
蘑菇形状的柱子向天空伸展,仿佛从喷泉中涌出的水。被称为“蘑菇圆柱”的柱子排列于走廊,樱井惊讶道“感觉好神秘”。这里是长泽净水厂的内部,它是战后1957年东京都首家净水厂。走廊被称作“操作廊”,在这里对滤池进行检查和操作。设计出这座端庄到令人无法想到此处竟是净水厂的,是建筑家山田守。山田从战前至战后一直活跃于业界,作为递信省建筑技师的山田设计了东京中央电信局和东京递信医院,晚年设计的京都塔与日本武道馆等代表性建筑留存至今。
<長沢浄水場>は、近代建築の保存・記録を行う国際的な団体・DOCOMOMO日本100選にも選ばれ、モダニズム建築として高く評価されているが、今回訪れたのはさらにユニークな歴史があるから。実は『ウルトラマン』をはじめとする特撮モノにたびたび登場し、ファンの間では聖地として崇められているスポットなのだ。確かに、マッシュルームコラムが連なるビジュアルは、ヒーローや怪獣にも引けをとらない強烈なインパクトがある。山田守はどんな思いで、これほど美しい浄水場を設計したのだろうか。
长泽净水厂入选由从事保护与记录近代建筑的国际团体选出的DOCOMOMO日本100选,是一座受到高度评价的现代主义建筑,本次造访更是由于它拥有独特的历史。其实,以《奥特曼》为代表,长泽净水厂在特效作品中屡次登场,是一处被特效片迷推崇为圣地的地方。的确,成排蘑菇圆柱的视觉效果毫不逊色于英雄与怪兽,具有强烈冲击力。山田守抱着何种想法设计出了这般美丽的净水厂呢?
アラシ隊員さながらに館内を探検!
队员岚在馆内探险!
「僕が小さいころ見ていたのは確か『ウルトラセブン』や『ウルトラマンタロウ』の再放送でしたね」と、1966年放送の『ウルトラマン』第2話「侵略者を撃て」のDVDを見ながらワクワクした表情で話す桜井さん。この回でバルタン星人に乗っ取られる基地が<長沢浄水場>だ。物語の中では、毒蝮三太夫演じるアラシ隊員が通報を受けこの建物に急行!車を乗り入れ、潜入する際にマッシュルームコラムがしっかりと映っている。一瞬の映像から「本当だ!」と建物を見つけ出した櫻井さん。映像の中の<長沢浄水場>はどこか非現実的で、バルタン星人が潜んでいるという設定にもうなずける。『ウルトラマンA』では、そっくりのミニチュア模型が作られ、戦闘シーンに使われたこともあったそうだ。
樱井看着1966年播出的《奥特曼》第二集“打击侵略者”的DVD,雀跃地说:“我小时候在看的似乎是重播的《赛文·奥特曼》和《泰罗·奥特曼》啊。”这一集中,巴尔坦星人攻下的基地就是长泽净水厂。故事当中,由毒蝮三太夫饰演的队员岚大助接到通知,火速赶往这座建筑!岚钻入汽车潜入建筑时,蘑菇圆柱清晰地入镜。“真的!”樱井从瞬间的影像里认出了建筑物。影像中的长泽净水厂似乎不太真实,让人能够认可巴尔坦星人潜伏的情节设定。据说《艾斯·奥特曼》中有时也会在战斗场景中使用制作逼真的小型模型。
「長沢浄水場がほかの浄水場と違うのは、外から見て美しいよう、ポンプなどを建屋内にしまっている点なんです」と浄水場職員の島村さん。地上3階、地下2階の本館は、事務所や水質試験室以外に、浄水システムの一端も担っている。2007年に耐震改修をする以前は、およそ1000トンの水を貯蔵する洗浄タンクが3階に設置されていた。本館西側には車用スロープもあり、直接2階へ車が乗り入れできる。それらの機能がすっきりとしたシルエットに収められているのだ。
净水厂工作人员岛村说:“长泽净水厂不同于其他净水厂的地方在于,为了从外面看起来漂亮而将水泵等收置在建筑内部。”地上3层、地下2层的主楼内部除了办公室和水质试验室之外,还承载着一部分净水系统。2007年进行抗震修复之前,3层设置着储存约1000吨水的净水槽。主楼西侧还有车用斜坡,汽车能直接驶入2层。这是因为将上述各种功能纳入了简洁的外形中。
何より特徴的なマッシュルームコラムも、デザインとしてでわなく、構造上の理由から必然性をもって使用されている。<長沢浄水場>の柱はすべてがこの形状で、これは梁を取り払い、柱だけで天井を支える無梁版構造(フラットスラブ構造)を用いるため。柱の頭部を拡大することで、より広い面が天井とし、安定感が生まれるのだ。
最具特色的蘑菇圆柱同样并非只是作为设计,还因结构方面原因的必然性而得到采用。长泽净水厂的柱子全都是这种形状,这是因为使用了撤除横梁、只靠柱子支撑天花板的无梁楼板结构。通过加大柱子顶端,将更加广阔的面作为天花板,由此营造出安定感。
「このマッシュルームコラムですが、外周に設置されたものは雨樋の役割果たしているんですよ」と島村さん。屋上に降った雨水はマッシュルームコラムの内部を通って地下に集められ、再利用されているという。「それはすごく機能的。無駄がないですね!」と驚く櫻井さん。「柱がじょうご形なので貯まった水の測定がしづらいという難点はありますが、それでもここで日々働いていると、よく考えられている建物だなと感心します」と島村さんも誇らしげだ。
岛村说:“这些蘑菇圆柱安装在外侧区域的部分能够起到雨水檐的作用噢。”据说落在屋顶的雨水通过蘑菇圆柱内部集中到地下,继而得到再利用。 樱井惊叹道:“这真是不得了的功能。没有浪费呢!”岛村也自豪地说:“由于柱子是漏斗形的,积攒的水量难以测量。尽管如此,每天在这里工作还是会不禁感叹建筑真是考虑周全啊。”
<長沢浄水場>はこれまでに2度の改修を行い、徐々に変わってしまった色形も、2007年の耐震改修時にできる限り元の姿に戻すことになった。例えばテラスの手すりも、社会科見学に来た子供たちが足をかけられないよう鉄棒を縦に並べた棚に取り替えられていたが、今は当時の横棒の手すりに戻り、水平ラインが際立っている。「ただ、すべてを元に戻すわけにはいかないのです」と島村さん。「例えばマッシュルームコラムは、もともと打ち放しのコンクリートでしたが、今は側面にモルタルを塗り、さらに白く塗装しています。これは施設を長く使うため。1950年代に完成して、今も現役の建物はなかなかありませんから」。
长泽净水厂迄今为止进行过2次修复,逐渐变化的色彩与形态也在2007年抗震修复时尽可能恢复到了原状。例如,为避免社会课参观学习的小朋友们踩踏平台屋顶的扶手栏杆,曾经一度更换成了铁杆纵向排列的架子,现在它已经恢复成当时的横向栏杆,水平线条格外显眼。岛村说:“不能只是将一切还原。”“以蘑菇圆柱为例,最初它是混凝土原浆抹面,而如今侧面采用了抹灰并涂上了白漆。这是为了设施能长久使用。毕竟,20世纪50年代完工且现在仍在正常使用的建筑为数不多。”
機能性を備えた、山田守の空間美。
山田守具有完备功能性的空间美。
館内の見学後、芝の庭に出て建物の全景を眺めた櫻井さん。「青空に水平線がよく映えますね」と、本館東側に一直線に延びる操作廊に目をやる。竣工時は本館西側に垂直に煙突が立ち上がり、水平と垂直が絶妙なバランスで配置されていたという。単調さを嫌い、変化のある構造を好んだ山田らしいプロポーションだ。
馆内参观学习之后,樱井走向草坪庭院,眺望全景。向主楼东侧笔直延伸的操作廊印入眼帘,樱井说:“蓝天很好地映衬出了水平线呢。”据说,竣工时主楼西侧是垂直竖起的烟囱,形成了水平和垂直的绝妙平衡。这与厌恶单调、喜欢存在变化的结构的山田式风格十分相称。
山田は学生時代に仲間たちと分離派建築会というグループを結成し、機能的な建築の中にも、美を込めることの重要性を熱く説いた。浄水場はまさに機能性が求められる場。そこに曲線による優美な空間をつくり出した<長沢浄水場>は、彼の晩年の代表作であり、生涯、自身の哲学を貫いたことをよく表している。
山田在学生时代与朋友成立了名为分离派建筑会的团体,积极宣传将美融入功能性建筑内部的重要性。净水厂正是追求功能性的地方。由曲线营造出的优美空间,长泽净水厂是山田晚年的代表作,充分体现着他的一生和对自身哲学的坚持。
(参观感想)
title:連続する柱に荘厳な空気を感じました。
初めて存在を知った建築家の山田守さん。<日本武道館>や<京都タワー>を設計した人物ということで、今回代表作に触れられてよかったです。<京都タワー>と<長沢浄水場>はどことなく、通ずる雰囲気がある気が。印象に残ったのは操作廊。荘厳とも言いたくなる、独特の空気が漂います。柱の曲線がモスクのイメージにも重なって、宗教建築のようにも感じましたね。今回は建築だけでなく、浄水の仕組みについても教えてもらいましたが、本当にドでかいインフラなんだなぁ、と。蛇口をひねると水が出てくることのスゴさを実感しました。建築+大人の社会科見学、”働く建築”の取材はいつもと違う楽しさがありました!
标题:从接连的柱子中感到了庄严的气氛。
第一次得知了建筑家山田守的存在。这次能接触到日本武道馆和京都塔设计者的代表作,真是太好了。总觉得似乎理解了京都塔和长泽净水厂。对操作廊印象深刻。笼罩在令人想描述为庄严的独特气氛中。柱子的曲线和印象中的清真寺相符,感觉像是宗教建筑呢。这次不仅是建筑,还学到了净水设施的构造,真是非常庞大的城市基础设施啊。切身感受到了转动水龙头水就会流出来这件事的厉害之处。这次是建筑加成年人的社会课参观学习,对“工作建筑”的采访有着不同以往的乐趣!
(荐书)
櫻井さんの今月の課題図書「建築家山田守作品集」
生涯300を超える建築作品を残した山田守。その代表作を竣工時の写真などで丁寧に解説。親族からの寄稿やコラムも充実。人間・山田守の姿も浮かび上がる(東海大学出版会/3000円)。
樱井本月的课题图书《建筑家山田守作品集》
山田守一生留下超过300件建筑作品。通过代表作竣工时的照片等,进行详细讲解。还有来自亲属的投稿和专栏,内容充实,展现出山田守作为普通人的一面。(东海大学出版社,3000日元)
(简介)
さくらいしょう 1982年東京生まれ。人気グループ「嵐」のメンバー。映画、ドラマをはじめ、報道番組『NEWS ZERO』のキャスターを務めるなど幅広く活躍。司会を務める情報バラエティー番組『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS)は毎週木曜22時から放送中。DVD『ARASHI BLAST in Hawaii』が4月15日にリリース予定。
樱井翔 1982年生于东京。人气组合“岚”的成员。从电影电视到担任新闻节目 “NEWS ZERO”的主播,广泛活跃于多种场合。樱井主持的信息类综艺节目“樱井有吉危险夜会”(TBS)每周四晚22点播出。DVD “ARASHI BLAST in Hawaii”将于4月15日发行。
《Casa BRUTUS》 2016年2月号
櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。
嵐の櫻井翔さんが、自ら日本全国の気になる建築まで足を運び、その魅力や驚き、感動を誌面でリポートします。
樱井翔的建筑学习之旅。
岚的樱井翔特意亲自前往日本全国感兴趣的建筑,通过杂志向大家传递建筑的魅力和它令人惊异与感动之处。
(背景)
訪れた場所 <塔の家>
1966年竣工。設計:東孝光。建築面積3.5坪(12㎡)の狭小住宅。地上5階、地下1階。1フロアに1ルームで、空間を縦に積むことにより構成されている。吹き抜け、レベル差、トップライト、飛び梁といった手法をコンクリート打ち放しの空間に巧みに配し、豊かな住空間を実現。都市住宅の在り方を提示した名作。●東京都渋谷区神宮前。
造访地点 塔之家
1966年竣工。设计者:东孝光。建筑面积3.5坪(12平方米)的小型住宅。地上5层,地下1层。每层一个房间,整体结构是纵向堆积。在混凝土原浆抹面的空间内,巧妙地采用楼梯竖井、水平高度差、天窗、飞梁等技巧,实现了内涵丰富的居住环境。塔之家是提出都市住宅理想状态的名作。●东京都涉谷区神宫前
設計した人 東孝光
あずまたかみつ 1933年生まれ。建築家。大阪大学工学部構築工学科卒業後、郵政省建築部、坂倉準三建築研究所を経て、66年独立。都市型住宅を数多く手がける。95年日本建築学会作品賞受賞。代表作に<粟辻邸>(ワットハウス)<さっき保育園>(大阪万博三井グループ館)。千葉工業大学教授、大阪大学名誉教授も務めた。2015年6月没。
设计者 东孝光
1933年出生。建筑家。毕业于大阪大学工学部建筑工学科毕业,曾就职于邮政省建筑部和坂仓准三建筑研究所,1966年独立。亲手设计了为数众多的都市型住宅。1995年荣获日本建筑学会最佳作品奖。代表作有粟辻邸(Watt House)与SAKKI托儿所(大阪世博会三井集团馆)。曾任千叶工业大学教授和大阪大学名誉教授。2015年6月逝世。
案内してくれた人 東利恵
あずまりえ 1959年生まれ。建築家、東 環境・建築研究所代表。84年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。86年コーネル大学建築学科大学院修了。星野リゾート<星のや>の各施設<軽井沢、竹福島、京都、富士>を設計。2016年開業のバリ、東京も手がける。昨年末には宮城県の女川駅前にテナント型商業施設が完成した。
导览 东利惠
1959年出生。建筑家。东 环境建筑研究所代表。1984年完成东京大学研究生院工学系研究科建筑学专业课程。1986年完成康奈尔大学建筑学科研究生院课程。设计了星野集团星之家项目的多处设施(轻井泽,竹富岛,京都,富士)。2016年开业的巴黎和东京项目也由东利惠一手操刀。去年年末完成了位于宫城县女川站前的租借型商业设施。
(导语)
vol.54 青山キラー通りに佇む、伝説の狭小住宅を訪ねる。
東京渋谷区
わずか6.2坪の敷地に建つ<塔の家>は、小さくも豊かな家を追求した狭小住宅の金字塔です。青山のキラー通りに誕生して今年で50年。清々しい姿で建ち続ける、伝説の住宅を訪ねました。
第54期 造访伫立于青山KILA大街的传说中的小型住宅。
东京涉谷区
塔之家是小型住宅的金字塔,它建造在区区6.2坪的地基之上,追求占地不大却内涵丰富的家庭住宅。塔之家诞生于青山KILA大街,至今已有50年。我们探访了这座外表简洁清爽的传说住宅。
(主体)
外苑前から千駄ヶ谷へと延びる青山のキラー通り。この通り沿いに戦後の日本住宅を語る上で欠かせない、伝説の狭小住宅がある。外観は右の写真の通り。住宅らしからぬ荒々しいコンクリート打ち放しの佇まいで、何度もこの道を通っているという櫻井さんもその存在に気づいていなかったそうだ。住宅の名は<塔の家>。敷地面積6.2坪(20㎡)に建つ、地上5階、地下1階の建物だ。1966年の竣工当時は辺りに低い住宅しかなく、名の通り塔のようにそびえ立っていたという。設計者は建築家の東孝光。坂倉準三建築研究所に勤めていた東は、自邸として<塔の家>を建て、独立。時は高度成長期の真っただ中。核家族が増え、郊外に小さな庭付きのマイホームを持つことが夢として語られる時代だった。それに逆行するように完成したこの家は、都市住宅の在り方を問うシンボリックな存在として、一躍有名になったのだった。
青山KILA大街从外苑前站向千驮谷延伸。沿街有一座在谈及战后日本住宅时不得不提的传说中的小型住宅。外观正如右侧照片。这座建筑不同于寻常住宅,保留着粗糙的混凝土原浆状态,据说就连曾无数次经过这条大街的樱井都从未留意到它的存在。住宅名为塔之家。建筑占地面积6.2坪(20平方米),地上5层,地下1层。据说1996年竣工时周围只有低矮住宅,这座建筑正如其名称,像高塔一般耸立着。设计者是建筑家东孝光。当时效力于坂仓准三建筑研究所的东孝光建造了作为自宅之用的塔之家,随后独立。时值高速发展期的鼎盛时期。随着核心家庭数量增加,那个时代的理想是拥有一座地处郊外且附带小庭院的自家住宅。这座家庭建筑与此相悖,作为探寻都市住宅理想状态的典范,一夜成名。
<塔の家>の玄関は歩道から数段上がった先にある。櫻井さんを出迎えてくれたのは、東の娘であり、この家で育った東利恵さん。同じく建築家として活躍ている。利恵さんが立つのはキッチン、見上げるとスコンと吹き抜けが広がっている。そう、玄関に直結している2階部分はキッチン・ダイニングであり、リビング。靴を脱いだ途端、家の中心部に招かれるのだ。「なんだかすごいです……」と空間に目をやる櫻井さん。「写真で見るよりずっとコンパクト。でも窓から光が差して、吹き抜けがあって、単純に”狭い”というのとは少し違う感覚です」.
从人行道登上数级台阶,来到塔之家的玄关。前来欢迎樱井的是东孝光的女儿东利惠,她在这里长大成人。东利惠同是一位建筑家。利惠站在厨房里,抬头仰望,楼梯竖井在眼前延伸。没错,与玄关直接相连的2层是一体化的厨房餐厅,还有客厅。樱井脱鞋时,利惠在家的中间招呼他过去。朝建筑里看去的樱井说:“不禁觉得好厉害……。”“比起在照片里看到的,紧密得多。但是阳光从窗户照射进来,还有楼梯竖井,又不能简单地说成是‘狭小’的感觉。”
気配は伝わる、日本的な住空間。
传递动静的日本式居住环境。
利恵さんに案内され、階段を上る櫻井さん。<塔の家>は1フロア1ルーム。3階はバス・トイレ、4階は寝室、5階は個室で、幼いころの利恵さんは5階を子供部屋としていた。「ベッドに寝転がると窓の外に青山の空が見えるんです。当時は表参道辺りまで見渡せて、とても眺めがよかったですね。今は周辺にビルが増えましたが、軒を出し視界を遮っているため、外から覗かれているような感覚はなく、不思議と落ち着きます」。階段には小さな窓があり、フロアごとに風景が変わるのも楽しい。<塔の家>に設けられた窓は計11。東西南北さまざまな角度から光が差すよう計算されている。
樱井在利惠的陪同下登上楼梯。塔之家的结构是一层一个房间。3层是浴室和洗手间,4层是卧室,5层是单间,利惠年幼时5层是儿童房。“随意躺着就能见到窗外青山的天空。当时放眼望去能看到表参道,视野非常棒呢。虽然如今周围建筑物增多,但是因为探出的屋檐遮挡住视线,不会有被人从外部窥视的感觉,能不可思议般地平静下来。”楼梯处有小窗,风景随着层数不同而变化,非常有趣。塔之家共设11扇窗。这样的精心考虑是为了让光线从东南西北各个角度照进房间。
また窓の多さとは対照的に、間仕切りがまったくないのもこの家の特徴だ。「プライバシーはどう確保していたのですか?」と櫻井さん。すると利恵さんは日本的な空間の隔て方について話してくれた。「例えば障子は、閉めることで視線は遮りつつ、気配はかすかに伝えてくれる、日本独特の空間の隔て方です。塔の家もそれに似ていて、フロアが違えば視線は届かないけれど、音は聞こえるので気配は感じる。だから幼いころは部屋で漫画を読んでいても、母が階段を上がってくる音がしたら急に宿題をし始めたり(笑)。プライバシーがないと感じたことはありませんでしたね」。またお互いを察しながら暮らすことがコミュニケーションの始まりだとも。「勉強中に両親がテレビを見ていたら、私も参加するか、宿題をしているから音を小さくしてと言うか、どちらかなんです。欧米住宅のようにパタンと扉を閉めるわけにはいかない。でもそれが人とのコミュニケーションの第一歩でもある」。そう聞き、「住まいが生活のスタイルを決めていくんですね」と納得した櫻井さん。利恵さんの話から伝説の狭小住宅での暮らしが見えてきた。
此外,与许多窗户形成对照的是房间之间完全没有隔断,这也是这座家庭建筑的特征。樱井问道:“以前如何确保个人隐私呢?”利惠就此对我们讲述了日本式的空间隔断方式。“以木框糊纸的拉门为例,虽然关闭时可以遮挡视线,但是隐约能感受到动静,这是日本独有的空间隔断方式。塔之家与此类似,尽管视线无法到达不同的楼层,但是因为可以听到声音,所以动静也能传递。因此,小时候就算在房间里看漫画,一旦听到母亲上楼梯的声音,马上就开始写作业,也有这样的事(笑)。我没感到过缺乏个人隐私呢。”互相体谅和理解着生活必定是沟通的起始。“如果父母在我学习时看电视,我要么就一起看,要么就会说我在写作业,音量调小一点噢。不能像欧美住宅那样关起门来。但是这也是与人交流的第一步。”听完这些,樱井认同地说道:“所以居所会决定生活方式呢。”通过利惠的描述,我们能想象出在这座传说中的小型住宅内的生活。
仕事と暮らしが一致した住まい。
工作与生活的共同场所。
では、東自身はこの家にどんな思いを込めたのだろうか?「父がこの家で目指したのは、住むところと働くところが近いという、自らの人生経験から導いた都市生活の在り方でした。」と利恵さん。大阪の街中で育った東夫妻、特に妻の節子さんは商家の娘。働くことの中に生活があるのが当然だった二人に、郊外のベッドタウンに寝に帰り、満員電車で通勤するという生活は不自然に思えた。都市にとどまりたいという東の思いに共感した櫻井さん。「僕も物心ついてからずっと都内で暮らしています。なので、田舎でゆっくり暮らしたい欲求はないんですよね」。近所に公園の緑があり、人を招けるレストランがあり、遅く帰宅しても街に活気がある。そんな都心の生活を東夫妻は愛していた。「マンションは嫌だったようですね。土に接していたい。そうでないと自分のものと思えないと言っていました」。
那么,东一家对这座家庭住宅是如何看待的呢?利惠说:“父亲建造这座家庭建筑的目标是,通过自己的人生经验引导都市生活的理想状态,让居住地与工作地靠近。”东家夫妇成长于住宅和商店聚集的街道,特别是太太节子,她是商人的女儿。对于认为生活中包含工作是理所当然的两人而言,在郊外的住宅城休息一晚、再搭乘拥挤的电车上下班的生活状态并不自然。对于东家夫妇想留在都市里生活的想法,樱井深有同感。“我也是从懂事起一直生活在东京都内。所以没有想在乡下悠闲度日的想法呢。”附近有公园绿地,有接待客人的餐厅,即使很晚回家,街上也充满生气。东家夫妻热爱这样的都市中心生活。“他好像不喜欢高级公寓,想要亲近土地。父亲说,如果不这样做,就不觉得这是自己的地方。”
キラー通りは64年の東京オリンピックの際、道路拡張によって生まれた道だ。強引に斜めに道を通した結果、両側の土地はすべて三角形地帯になってしまった。「その三角形の土地を交渉して半分にし、ようやくの思いで6坪の土地を手に入れた父は、”この土に住む”ということだけを懸命に見つめて家を建てました」。空間を上下に広げ、吹き抜け、採光、床のレベル差などのテクニックをちりばめ、延床面積65㎡の豊かな暮らしの実現した<塔の家>。歴史に刻まれた名作住宅は、今も国内外から見学者が絶えない。
KILA大街是1964年东京奥运会之际因道路扩建而产生的一条路。由于强行通过斜坡道路,导致两侧土地全都成为了三角形地带。“父亲就那片三角形土地进行交涉,分成一半,总算拿到了6坪的土地。他为了'住在这片土地上'这件事而努力,建起了这个家。”塔之家内,上下延展的空间、楼梯竖井、采光、地板水平高度差等技巧点缀其间,实现了建筑面积65平方米的丰富生活。这座镌刻着历史的住宅建筑名作中,来自国内外的参观学习者如今也络绎不绝。
(参观感想)
title:空間がコミュニケーションを変えるんですね。
写真から想像していたより、ずっとコンパクトな空間でした。空間を上下に延ばして快適さを得るという発想にも驚きましたし、ここまでしてでも都心に住むんだ!という東孝光さんの強い意志を感じました。実際、暮らすとなると……慣れていない人には大変だとは思います(笑)。でも訪れてみて、家のカタチに応じて、生き方も変わっていくのだなと実感できたし、空間に合わせてコミュニケーションが生まれる話も面白かった。2階のキッチン・ダイニングでお好み焼きパーティーをしたという話も聞きましたが、楽しそうだなぁと。その距離感だから生まれる会話もあるだろうし、広けりゃいいってもんじゃない。そんなことに気づかされました。
标题:原来空间能改变沟通啊。
空间远比通过照片想象出的紧密。通过上下延伸空间而获得舒适感的主意令人惊叹,感受到了东孝光先生“即便如此也要住在都市中心!”的强烈意向。真住下来的话……我觉得不适应的人会觉得有够受的(笑)。但是试着探访一下就会真实感受到,为了适应家庭建筑的形态,生活方式也随之变化。由空间而产生沟通的观点也非常有意思。听说在2楼的厨房餐厅办过御好烧派对,感觉很开心的样子啊。大概会有正因这样的距离感才产生的对话,并不是说越大就越好。留心到了这一点。
(荐书)
櫻井さんの今月の課題図書「Casa BRUTUS特別編集都市型住宅に住む。」
都市型住宅の好例をまとめた特別編集号。伝説の狭小住宅として、2004年当時の<塔の家>の内部も紹介している。取材時の東孝光さんの言葉も今となっては貴重だ。(マガジンハウス/1,200円)
樱井本月的课题图书《Casa BRUTUS 居住于都市型住宅特别版》
特刊总结归纳了都市型住宅的成功案例。2004年时,塔之家作为传说中的小型住宅,对其内部也进行了介绍。采访过程中东孝光所讲述的内容,现在看来十分珍贵。(MAGAZINE HOUSE 出版,1200日元)
(简介)
さくらいしょう 1982年東京生まれ。人気グループ「嵐」のメンバー。映画、ドラマに俳優として出演する一方、報道番組「NEWS ZERO」のキャスターも務めるなど、幅広く活躍している。司会を担当する情報バラエティー番組「櫻井有吉アブナイ夜会」(TBS)は毎週木曜22時から好評放映中。
樱井翔 1982年生于东京。人气组合“岚”的成员。作为演员出演电影和电视的同时,也担任新闻节目NEWS ZERO的主播,广泛活跃于多种场合。樱井主持的信息类综艺节目“樱井有吉危险夜会”(TBS)每周四晚22点播出。